
兼田 麗子 著
単行本 358ページ
藤原書店
2003年10月刊
明治~昭和初期に活躍し、日本の社会福祉における先駆的試みを実践した、岡山県出身の2人の人物像とその思想を豊富な資料をもとに紹介した良書。学術論文的な読みにくさもないとはいえないが、気になるほどではない。
街並み取材の仕事で倉敷を訪れたことをきっかけに、大原孫三郎という人物に興味を持ったために読んだのだが、2人の人物について以上に発見があった。この本によって、日本の富裕層がなぜ冷たいのか? 日本の庶民がなぜ忍耐強いのか、が 分かりやすく書かれていたのだ。
明治政府が進めた、二宮尊徳の報徳思想にもとづく国民教化策によって、「勤労の大切さ」すなわち「働くざる者食うべからず」の「自己責任」思想が国民に徹底的に叩き込まれたという。「貧困の問題をたえず個々人の生活態度の問題に還元してゆく報徳主義の論理は、社会主義に対抗するひとつの完結した『世界』を地方社会につくりだしてゆく上できわめて有効な思想的枠組みを提供するはずであった」という岡田典夫氏の文を引用して、日露戦争後の地方改良運動が、日本に社会主義が広まることを恐れた政府の社会主義対策だったことを明かしている。一方で、留岡幸助の次の言葉が引用されている。「東洋の道徳と西洋の道徳の差異は、頂度正反対の趣がある。東洋は強大なるものに弱小なるものが奉仕するのである。……所が西洋では、強大なるものが弱小なるものに奉仕する思想なり」
すなわち、もともと「弱い者」が「強い者」に抵抗することをよしとしない社会で、自己責任の思想が叩き込まれたために、日本人はどんなに虐げられようと、デモや暴動には訴えず、ひたすら自殺に追い込まれるまで「自分が悪いのだ」と信じて耐え続けるのだ。
このように、国家が積極的に貧富の差解消に乗り出す社会主義的思想は、明治期から徹底的に排除された。日本が戦後の高度成長からバブルにかけての一時期に、世界でも稀な「平等社会」を実現できたのは、実は日本政府の賢明な政策のためでもなく、日本社会の良識のためでもなく、単に奇跡的な高度成長を遂げることができたため(それだってきっかけは朝鮮戦争という対岸の火事を利用したものだったのだが)に、さすがのケチな日本の金持ちのおこぼれが庶民に回ってきたというだけの話。日本に社会保険以外の、本当の意味での公的扶助が乏しく、税制とともに、実質、逆進性に近い制度を持っている理由も説明されようというものだ。
この国の貧乏人の不幸は、小泉だけが悪いわけでもなく、中曽根だけが悪いわけではなく、限りなくケチな富裕層を持った国の不幸なのだ。その中で、この本に取り上げられた2人は、日本の上流階級には珍しい稀有な存在であり、現在の冷酷無常な金持ちに爪の垢でも煎じて飲ませたい人物だ。
【2010年12月読】
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